google-site-verification: google19bc55f481c87ee3.html ディズニーランド過去の思い出を集めました。 | 借金完済するまで続く男の挑戦

ディズニーランド過去の思い出を集めました。

昭和

1983年4月15日(金)に開園した東京ディズニーランド。今年はコロナの影響を受けながらも新エリアがオープンするなど、まだまだ夢を見させてくれます。

エリアやアトラクションが増えていく中で、逆に無くなっていくものもあります。私は子供の頃に行ったディズニーランドの思い出がどうしても忘れられず、少し振り返ってみたいと思います。

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記念すべき初日は小雨が降っておりましたが、来場者数は約2万6千人。

キャラクターも今とは随分違いましたが、必ずエントランスで出迎えてくれました。

最近ではキャラクターグリーティングで写真を撮る事ができますが、昔は見ず知らずの人も同じ写真に入り込んでいてました。。。

開園当時のワンデーパスポートは3,900円です。2020年現在は8,200円なので半額以下の値段でした。それでも当時は1日では乗れるアトラクションも限られるということでビッグ10という入園券とアトラクションごとに分かれていたA,B,C,D,E券がセットになっているチケットを購入していました。

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Aチケットは100円 Eチケットは400円で園内で追加購入も可能でした。毎回使い切ることはなく、毎回このビッグ10を購入していました。

開園当時のエリアマップ。アドベンチャーランドからの左回りかトゥモローランドからの右回りか?家族で話しあい、入園前までには必ず何を乗るか予定を組んでいました。この行く前のワクワク感は大人になるにつれ(乗り慣れてしまったかも。。。)だいぶ薄れてきました。

今では無くなってしまいましたがファンタジーランドとトゥモローランドを結んでいたスカイウェイ。定員は4名で5色のゴンドラが結構高い位置を行き来していた記憶があります。

キャプテンEOはマイケルジャクソン主演の4Dシアターです。当時4Dなんてここでしか見る事はできず、とても感動しました。ちなみに開園当初はエターナル・シーという2Dシアター。その後マジック・ジャーニーという3Dシアターでした。その後キャプテンEOとなり、1996年ミクロアドベンチャーに改装され、2010年に復活。2014年からはスティッチ・エンカウンターになっています。

10人程で城内を歩くウォークスルー型のアトラクション。ガイドをしてくれるキャストさんがとても良い雰囲気を出してくれます。グループの1人がキャストから選ばれ勇者となり、クライマックスで登場する魔王ホーンドキングを光の剣で倒します。最後は勇者のメダルをもらう事ができるので、なんとしても勇者になりたくて手を挙げてアピールしていました。

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スタージェットは開園当時スペースマウンテンに次いでスリルが味わえる乗り物です。エレベーターで高い位置まで上がり、更に高くあがり回転します。操縦次第ではまだ上にあがり、高所恐怖症の私には何度も乗れるアトラクションではなかったです。

今では見なくなったお土産。当時子供だった私はこういうのがとても嬉しかったです。

飴も必ず買っていました。こういう大きな飴は子供の憧れで帰りに買ってバスで約1時間乗って家についてもまだ残っている大きさです。それでも舐め切らず皿の上に乗せ、翌日は皿にくっ付いた状態で舐めていました。。

懐かしの包装紙。

ディズニーランドは夢がありますね。

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